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主なる祭事
10月20日 大火渡祭
1月1日
元朝祭
2月3日
節分祭
4月20日
春季大祭
7月1日
御山開き
9月1日
閉山式
10月20日
大火渡祭
1月1日
元朝祭
2月3日
(通常)
節分祭
昼の部:
午後2時より
於 八海山社務所
夜の部:
午後7時より
於 八海山社務所
八海山の節分祭は大寒の1月28日から節分の2月3日まで、各地から参集した行者が雪に閉ざされた神域に結界し、昼夜二度にわたり瀧に打たれ更に護摩祈祷をして執り行われます。自らの罪穢れを祓い清めるだけでなく、この間、厳しい修行を通して敬拝者一人一人の切なる願いを背にひたすら祈念し続けます。
その満願の日が節分祭です。人々の八海山の節分祭に寄せる期待が大きいのはこのためです。
八海山尊神社では豆や切り餅の外、奉納された盛り沢山のお菓子やら各種の縁起物、さらには思いもかけない景品の数々も当り券としてまかれています。
寒修行
大寒より満願の節分祭までの七日間、身も凍てつく丈余の積雪の中を修行者達は里宮不動滝で水垢離をとり、五穀を断ち、護摩祈禱を行う。
写真協力:和田義男様
4月20日
春季大祭
時間:
午前11時より
於 八海山社務所
木食泰賢霊神の命日に因んだ此の日、祖師、並びに山内諸霊神の慰霊を行うと共に、その威徳にあやかり無病息災の柴燈護摩(さいとうごま)が焚かれる。
7月1日
御山開き
この日を以って各地より登拝に寄り集う信者は「お山に帰って来た」という。八海登拝になぞらえ霊風園より神社に至る八十八段の大石段を昇り、最後に神社前の茅の輪(ちのわ)をくぐり悪霊退散の清め祓いを行う。
茅の輪くぐりはもともとは6月30日に行われる疫病除けの神事ですが、当神社ではお山開きの7月1日に一年のもろもろの厄を祓うものとして執り行われています。約二週間ほど設置してありますので、神社に御参拝の折はどうか御利益にあやかっていただきとうございます。
なお、神社主催の登拝日は、毎年
7月2日、8月10日、8月30日
です。御希望の方は前もって社務所にお申し込み下さい。
9月1日
閉山式
「八朔(はっさく)の祭」という。開山中の無事安全を神に感謝し、五穀豊穣を祈る。
10月20日
大火渡祭
日程・参加方法
写真協力:佐藤昭二様
写真協力:日精サービス様
山岳信仰の山として八海山が名を連ねるようになったのは、江戸時代・天明の飢饉の記憶も醒めやらない寛政六年、木曽の御嶽山の王滝口を開いた普寛行者が、地元大崎村の泰賢(たいけん)行者と共に八海山を中興開山してからの事です。ここに八海山は一躍、御嶽山の栄ある兄弟山に列格し、越後の内外から陸続と霊場巡拝の講組織が訪れるようになりました。
その後、泰賢行者は国土平安をこいねがい、その多くを普寛行者に従い各地を遊行しましたが、地元大崎村周辺にとどまり、御嶽行者の育成にも力を尽し、中越地区を中心に数多の御嶽講を結成しました。
いまでも地元周辺で人々が泰賢行者を「泰賢さま」と親しみをこめて呼ぶのはこの故です。したがって八海山大崎口の火渡祭は、自ずと泰賢行者を祖師と仰ぐ御嶽行者の行法を色濃くとどめるものになりました。
火渡祭を執行する事は先達(行者)の霊力が一定の段階に達した事の証しであり、その秘法は講中ごとに師弟の口伝により頑なに守られてきました。八海山大崎口里宮(現八海山尊神社)の火渡祭は、こうして特定の講中によって長らく散発的に行われて来ましたが、やがて山田一利宮司(平成十二年没)の代に至り、八海山中興の強い意志に促され、俄かに統一の機運が昂まって来ました。
ここに昭和三十五年、祭日を泰賢行者の命日(春祭)から半年後の十月二十日と定め、八海山尊神社霊風園で一堂に会して行われたのが、現在の八海山大火渡祭の始まりです。
八海山の一年の修行は大寒の水垢離(滝行)からスタートし、秋の火渡祭で終りを迎えることから、〈水〉で始まり〈火〉で終わると言い古されて来ました。
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